タイトルを変えました

ブログのタイトルを「LuckyWonder」に変更しました。時々変えたくなるのです。そのときにしっくりしたタイトルでないと、だんだん書く気がしなくなる。今までは、変えちゃいけないと思って、永続性のあるようにと、頭をひねっていましたが、きっとそれが良くないのです。

NLPセミナーで私と組んだかたが、私の本質を「変化する人」と言ってくれました。そのときの「まさにそうだ!」という嬉しい気持ちは、忘れられません。一貫したことを言わなければいけない、という自分への縛り、これがどんなに自分の動きを止めていたことでしょう。

変化する。それも一つの人生態度だと思います。状況が変化しているのだから、自分が変化しないのは、むしろおかしいですよね。臨機応変に、即興的に、状況と関わり合って、自分にも環境にも、定型的な安息を求めないこと。この態度こそが、一貫している変わらない自分かもしれません。

私がずっと、こうでありたいと願って来たあり方は「自在であること」だったじゃないか。その自在を手に入れるために、様々な学びを試み、チャレンジし、トレーニングしてきたんじゃないか。今それを思い出して、ちょっと心が浮き立っています。

あー、変えてスッキリ。

サンシャイン牧場

このところMIXIのアプリ、サンシャイン牧場にはまっている。アプリと言っても要するにゲーム。牧場で作物を育てたり動物を飼ったりする。日に2〜3回、平均15分程度アクセスしている。なぜアクセスしてしまうかというと、マイミクが作物の成長を促してくれたり、出来た作物を収穫していったりするからである。ブログを書かないときには、MIXIの足跡はあまりチェックしないのだが、このゲームだと、マイミクさんが畑になにか変化を作ってくれるので、つい見てしまう。

私のマイミクは直接会って顔のわかっている人たちなので、仕事もわかっている人が多い。だから、マイミクさんの畑を見て、「仕事中になにやってんの」とか、「友達多いんだなあ」とか、「あ、家に帰ってきたんだな」とか思ったりする。タイミングが合うと、こちらがマイミクさんの作物の成長を促した数分後に、お返しが帰ってくることがある。するとまたこちらから畑に訪問したりして。

相手の姿がなんとなく想像できると同時に、ほったらかしておいても良い緩さがある。だからメッセージ機能があっても、全く使っていない。

いままで、携帯を手放せない人、オンラインゲームにはまる人、ツイッターでつぶやく人たちを見て、そんなにつながりたいのは心の病気に違いないと思っていたが、これもありかな、と思うようになった。

ゲームの先にあるのは「気配」なのだと思う。相手のメッセージにきちんと答える義務もない、なんとなく近くにいる感じ。緩いながらも、頻度が高く繰り返されるやりとり。ここが味噌なのではないだろうか。ごく小さいけれど頻度が高ければ、頭に残る。何度もその人のことを思い出す。そのことで、その人への親近感が増し、久しぶりにあったときでも、今朝の気分まで共にしていたように思えてしまう。

五感を伴わないからと、少々疑問を持って見ていたネット上の交流ツールだが、メッセージにはきちんと応えなくては、という常識を捨てれば、気持ちを乗せるツールになりそうだ。

きちんと伝えようとして文章化すると、かえっていろいろな意味に深読みできてしまって、それを修正するためにさらに長文になり、どう書くか悩むことになる。そうではなく、普段からの気配のやりとりで、互いの距離間を縮めておく。そんな方法もいいかもしれない。長文に悩むより、かえってストレスは少なそうだ。

私はここにいるよ。時々あなたのことを思いだしているよ。きっとそんなやりとりなのだ。もうしばらく続けてみようと思う。

格闘家気分

一昨日の昼、国際展示場のTFTビルで角田信朗さんを見かけた。NLPセミナーの受講生と一緒に昼食を終えてエレベーターに戻るとき、すれ違った。本物を初めて見たので感激。テレビでは見るが、リングに足を運んだことはないのだ。

私の表情を見逃さなかったのか、受講生の一人が、「気がつきました?」と声をかけてきた。お、あなたも見逃さないね、と嬉しくなって「そうそう!」と頷くと、彼女は「私、角田さんの道場で空手習ってたんです」。

なんだって〜?小柄でかわいらしいこの人が空手家ですか!で、つい対抗して見栄を張ってしまった。「ボクもねえ、K-1ヘビー級チャンピオンの京太郎選手と、同じジムに通っているんだよ、ホッホッホ。」

と、威張ってみたものの、実はまだ会ったことがな〜い・・・。マンツーマンでトレーナーについてもらっているので、次の時間に予約を入れてないと会えないのである。

昨日はトレーニングの日。トレーナーに「つい自慢しちゃいましたよ」と笑い話をしたら、「プロレスの人もきますよ。知ってるかなあ、船木選手って」

「そ、そりゃ船木誠勝じゃないですか!!現役復帰して桜庭とやった試合、テレビで見ましたっ!俺が入ったあの酸素カプセル、船木も入ってたんですねっ?おんなじ空気吸ってたんですねっ?」

そおかあ、一緒なんだ、京太郎や舟木と。俺って一緒なんだ、奴らと。オレってスゴいんじゃな〜〜い?

拡大解釈でもいい。妄想でもいい。とっても元気が出て、強くなった気がするのです。

アンナプルナ登頂

岩波少年文庫142

岩波少年文庫142、アンナプルナ登頂、昭和35年第4刷、220円。

ドリーマーな人について書くブログにしようと決めたあと、誰について書こうかと見回しているうちに、本棚に目が行きました。そういえば、子供の頃、冒険の本が好きだったなあ、と思い出しました。

家には何本も本棚がありますが、普段あまり見ない本棚に探しに行くと、あった、あった。古い岩波のシリーズが。これの他にも思い出す本はいっぱいありますが、まずは現物があるものを、自分の原点の一つとして出してみようと思います。

想定には割れが入ってて、全体も茶色く焼けていますが、紙は丈夫でまだ読めます。今時の本からすると、字も小さく、紙質もわるいのですが、当時は当たり前だでしたね。

アンナプルナ登頂自体は1950年のこと。この本が出たのが1957年ですから、登頂後まもなく原書が出版され、和訳もされたと思われます。新聞でニュースを見た人もいたような、新しい本だったことでしょう。

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アドベンチャーコーチ

新しくホームページを作りました。
「アドベンチャーコーチングジャパン」
http://adventurecoach.jp/

海外では見受けられたアドベンチャーコーチというジャンルを、日本でも創出しようという試みです。

私にとっては、少年時代のハイキングからヒマラヤ登山まで、山を続けた経験が、人生観の基本になっています。山の教えは、ライフスタイルやビジネススタイルに、色濃く反映しています。

海外遠征をよくやっていた頃は、人にはできない経験をしている喜びがありました。しかし考えてみると、アドベンチャーは誰でもしていることでした。未来を経験した人などいないのですから、毎日が新しいことの連続。日常の生活そのものが、アドベンチャーなのではないか。

そう気づいたときに、やったことがないからできないとか、うまくいくか自信が持てないとか悩んでいる人たちに、アドベンチャー経験が人の役に立つと思ったのです。

アドベンチャー経験のほか、NLPコーチング、プロジェクトアドベンチャー、インプロ、プロセスワークなど、あちこちで学んできたことを自分らしく統合すると、どれか一つのジャンルには収まりきれない。自分をどう呼んだらいいのだろう、とずいぶん悩みました。

冒険的な野外活動とコーチングスキルの両方を専門的に習得して、ビジネスや人生一般に応用することは、私にとってはごくふつうの流れだったのですが、同じ道を行く人には今まで出会うことはなく、多くの方から珍しいと指摘されて、希少価値のある強みだと自覚するに至ったわけです。

そしてアドベンチャーコーチという名称を思いつき、調べたところ、海外には存在していることを知って勇気づけられ、「日本にもいるよ」と名乗り始めたのでした。

このブログ「ドリーマー魂」も、アドベンチャーコーチジャパン開設に伴って閉じようとしたのですが、アクセス数をみると、読んでくださっている方がいるので、継続することにしました。

ホームページには2つのブログをつくリました。
1.私の行動規範をルール化した「山の教え」。週1回更新予定。メール配信もできる用意をしました。
2.もう一つは、日常の気づきを綴った「日々是冒険」。不定期です。

この「ドリーマー魂」とどんなバランスで書いていくのかは、まだ決まっていませんが、世の中で見つけた、ドリーマー達の話題を書いていくのも、おもしろいかもしれないと思い始めています。

<コーチング事例1>クライアントの軸を知る

コーチとして独立を目指しているクライアントさんの事例です。(了解を得て記事にしています)

Kさんは現在会社に勤めながら、コーチとして独立する準備を進めています。今の状態を10段階で自己評価すると、3。専業になれたら6くらいにはなるだろうと考えています。
「コーチが専業でできたら6なのですね。では10って、どんな状態ですか?」
「長くコーチしたいんですよ。何か一つ達成したら終わるのではなくて、クライアントの人生を長くサポートしたいんです。」
理想のコーチング像はすでにお持ちでしたが、少し不思議な感じがしたので、聞いてみました。
「その10の状態に行くための6なのですね?」
「ええ、最初からいきなりはできないですから。」

それって本当?と頭の中で言いながら、同じ質問を、言葉を換えながら繰り返しました。
「長くコーチングする10の状態に行く過程に、専業になっている6の状態があるの?」

Kさんが本当にしたいことを何度も語るうちに、私自身がなぜ不思議に感じたのかもわかってきました。事業として成立するという通過点が有ろうと無かろうと、Kさんがクライアントの人生を長くサポートするような関わり方をしていくことが、自然に思えたからです。

そしてKさんの目の輝きも強くなり、言葉が一瞬止まりました。
「はじめからそういうクライアントなら、6を越していきなり10ですね」

「そうですよね。もしそれができたとしたら、どうなります?」
「事業も成立しますね。自分の軸を持っているクライアントさんが、自分を見失いそうになったときに軸に戻してあげるようなコーチングをしていけば。」
「クライアントの軸なんですね?」
「そうです。そうだ。クライアントの軸を知る。そこに着目していれば良いんだ。クライアントの何を掴んでおけばいいのか、ポイントがわかりました。」

自分の欲しいクライアントを、軸を持って成果を出している人と考えると、独立してすぐにそういうクライアントにたどり着くのは難しいかも知れません。しかし、軸を見出し、掴むということは、コーチであるKさんが創り出す関わり方です。それはすでにKさんの中には十分に開発されていて、今すぐ始められることだったのでした。

「課題の解決をするコーチだったら、課題が変わったときに違うコーチがよく見えるかも知れないけど、軸を知っていて戻してくれるコーチだったら、自分を一番良くわかってくれる人だから、代えることはできない。長く頼みたいコーチって、そんな人かもしれないね。」
最後にこう伝えた私の言葉は、私自身への、こういうコーチでありたいという語りかけにもなっていました。


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澤田理恵さん 全盲夫婦の夢と子育て

昨日NHKで放送されたドキュメンタリー「見えないことは不幸じゃない・全盲夫婦の夢と子育て」をご覧になっただろうか。鍼灸師の福原さんと、奥さんで歌手の澤田さん、そして4歳と6歳の娘さんたちの話だ。(目が見えるのは4歳の次女だけ)。

だが、その生活は、まるで普通に見えているかのように、ハンディキャップを全く感じさせない。夫婦二人の前向きな考え方がそうさせているのだと思った。実際大変なことはいろいろあるはずだが、ハンディだというそぶりも言葉も一切ない。目の見えないことがごく当たり前の、人それぞれ個別に備わっている条件のうちの一つでしかないような日常の姿だった。

目の見えない娘さんに、割れた茶碗もきちんと自分で片づけさせていた。学校で優しく扱われ、割れ物を自分で片づけたら怪我をすると思って怖がる長女に、そっと持てば怪我はしないと具体的に教えながら、片づけるまで許さない父。そして泣く子を笑顔で抱き締める母。子供の将来の自活のために、厳しくそして優しい親の姿がそこにあった。

このごろ社会問題にまでなっている、育児放棄や、ひきこもり、家庭内暴力。そこまでいかなくても、親子関係に難しさを感じている人は、少なくないことだろう。この家庭にように、しっかりした人生観に支えられた愛情があれば、その多くは未然に防げるのだと思う。現役の父親の一人として、子供と一緒にこの番組を見られたのは幸せだ。つい「子供に厳しくするのは親心」なんて解説を入れてしまった。言わなくてもわかっただろうに。

澤田理恵さんとは知り合いだが、私生活のシーンは見たことがなかったので、あらためて素晴らしい人だと思った。いい生き方をしている人と知り合いであることは私の財産。


コンサートの最後に必ず歌う「今、帰ろう」(作詞作曲みながわちかこ)。これも良かったでしょう?実はこのCDのジャケット写真に使われている、森の写真は私、高取の撮影です。CDはこちらで購入できます。http://www.shepherd-moons.com/


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